円錐管のベーム式フルートについて part2


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円錐管フルートの胴体。一番上のGodfroyは1840年頃の作。
下の2本に比べてメカニズムに特徴があり、より太い管体が採用されている。

pankomedia:
しかし、誰もが円錐管ベームで吹いていきなりenokidaさんほどの張りのある響きを作り出せるわけではないですね。

enokida:
技術の有無についてはそれぞれの奏者が訓練によってどうにかするしかないですが、仮に高い技術を持つ人が円錐管を吹いたら音が出なかったということであれば、それは音に対するイメージの持ち方がずれているからです。私にとって、フルートの響きのイメージはやはりあの偉大なるフレンチスクールの伝統から生み出されたもので、デュフレーヌやクリュネルの音のイメージそのままでロットや円錐管ベームを吹いたときに、楽器とその奏法の間に不都合を感じることはありませんでした。逆にフレンチスクールの音を知らない、もしくはその価値を認めない人にとっては円錐管ベームというのはまずもって古い楽器だから、お年寄りを相手にするがごとく遠慮がちにか弱い息で吹かなきゃいけないとかいうことになるのでしょう。それだと当然ながら鳴りません。

pankomedia:
そうですね。円錐管のフルートというとまずバロックトラベルソのイメージになるのかもしれませんが、ロマン派の時代になるとベーム式以前でもニコルソンやテュルーなどの名手はかなり速いしっかりとした息で演奏していたということです。

enokida:
そうですね。バロック時代のフルートというのは内径が太くて息を入れるとボワっというやわらかい感触があってフレーズに自然なふくらみが生まれます。その柔和な感じが今でいうヴィブラートの役割をしているので、それ以上に息の圧力を上げて音を振動させる必要はあまりないのですね。フルートにドラマチックな表現が求められる場合は指でヴィブラートをかけて音を震わせたりと、いろいろな工夫があったのだと思います。それが古典のフルートになるとグッと引き締まってくる。内径の絞りも急なものになってバロックの楽器にあった柔らかな抵抗というものは少なくなってきますので、自然とフレーズも直線的になって吹くほうにもより速い息が求められます。ロマン派になるとその傾向がより大きなものになって、フルートのための音楽にも大胆な跳躍が多く用いられるようになってきます。当然より強い息が求められるようになって、歌口やトーンホールもそれぞれの奏者が自分の望む形をそれぞれに求めるようになりました。ニコルソンフルートの大きなトーンホールはその極端な例で、ベームによるフルートの改良もその流れの中から生まれたものです。テュルーはニコルソン式のトーンホールを限界まで広げるということを嫌いましたし、ベーム式に関しても結局はトーンホールが大きいということで反対したのですが、そのテュルーの使用していた楽器も古典期のものと比べれば歌口も大きくて大変強い響きを持つものだったのです。手元にテュルーの手によるフルートがありますが大変バランスの取れた、そして驚くほど良く鳴る楽器です。

pankomedia:
テュルーの楽器はノノンによるものも含めてほぼ例外なく素晴らしいですね。木材も最高級のものが使われていて、フレンチスクールの基礎はやはりここにあるのではないかと思われます。

enokida:
ベームがブロードウッドにあてた手紙の中に息の速さで音程が上がる例として「私以上に高い音で吹く人はいない、あの大音量で知られたテュルーを除いては…」という意味の文言が一度ならず二度も出てきます。ドリュス(テュルーの弟子でベーム式フルートを最初期に採用した名フルーティスト)が同じフルートを吹くと自分より四分の一音は低く響くだろうとさえ言っています。 こういうことからもテュルーが当時としても早く鋭い息で演奏をしていたであろうことが伺えます。
また、テュルーが弟子であったゴードンという人の作った新式の楽器について以下のような批評を残しています。
「フルートはpではメロウな響き、fでは最大のソノリテを発揮しなくてはいけないがゴードンのフルートは内径がオーボエのようなものに偏りすぎて、とても響きが薄く“音量がない”。」
何かと保守的であったといわれるテュルーですが、フルートという楽器に表現上のダイナミクスを求めていたのは以上の意見からも明らかです。 後にベーム式がパリ音楽院の主流となったことはテュルーの本位ではなかったかもしれませんが、彼の優秀な弟子たちはこぞってベーム式に転向した後も、偉大なるテュルーの教えの大事な部分を受け継いでいたのではないかと私は思います。
時々ベーム式フルートとトラベルソを比べてどうのという人がありますが、ベームの楽器とせいぜいドヴィエンヌまでの時代のトラベルソの対立があったというのは歴史的にみるとまるでおかしいわけです。ロマン派の多鍵フルートは今日「トラベルソ」と一括りに呼ばれる楽器とはまるで違いますから。 (注:ゴードンはベームと同じ時期に独自のメカニズムの楽器を考案したとされる人物で、そのアイデアベーム式と共通するところが多かったことから、フルートの特許をベームと争ったライバルたちはゴードンこそが新式フルートの開発者であると主張した。)

pankomedia:
円錐管のベーム式が普及したのはその音量の大きさもさながら、全音域に渡るより均質な響きと操作性によるところが大であったといわれます。 テュルーのように一度頂点に登りつめて偉くなってしまった人にはなかなか難しい状況だったのではないでしょうか。それは彼の開発したFlute Perfectionee という独自の機構を持つ楽器にも現れていると思います。この楽器自体は響きも素晴らしく造形的にも美しい大変優れた名器ですが、開発のコンセプトとしてはベーム式を意識しすぎているような感があります。実際テュルーは5キーの楽器を終生愛用していたと伝えられています。

enokida:
偉くなるということは、時には不幸を呼び起こすものですね。しかし、テュルーの場合は本当にベーム式の機構を必要としないほど上手だったということですからね。まったく、どんな演奏であったのか聴いてみたいものです。

pankomedia:
話が少しそれたようですが、ともかくベーム式のフルートはロマン派の時代において主流となったのですが、だからといってフルートに求められる表現が急激に変わるということはなかったであろうということですね。

enokida:
その通りです。そこであの有名なワーグナーの話が出てくるわけですね。それは、ティルメッツというベームの弟子がパルシファルの初演でオーケストラに新式の円筒管ベームを持ち込んで吹いたときに、ワーグナーが「キャノン砲」といってそのフルートの音を気に入らなかったのでその次に円錐管のベーム式フルートを持っていって吹いたらたいそう喜んだ、というような昔話です。単に音が大きすぎるということでしたら、ティルメッツのような名人であれば円筒管のままでも対応できたのでしょうが、ワーグナーの不満だったことはやはり先ほど言ったような音楽の表現上の問題だったのでしょう。書いた曲を見ている限り、ワーグナーが大きな音を嫌いだったわけではないでしょう。(笑)

pankomedia:
とても有名な話ですね。そのときティルメッツの持っていった円錐管はビュルガー(J.M.Buerger)というベームのお弟子さんの作だったようですが… パルシファルの初演ということは1880年より後のものですね。

enokida:
ビュルガーの楽器は私も持っていまして、先ほど言ったベートーヴェンブラームスのコンサートでも使用しました。全く素晴らしい楽器でローピッチなのですが今回はオリジナルのそのままで使えました。


一部ですがコンサートの音源を聴くことができます。--->音源のページへ

下はenokida氏所有のJ.M.ビュルガーによるフルート



ブラームスの音源を聴く)

pankomedia:
...現代のオーケストラの中で、円錐管のフルートがこのように美しく響くということはこうして聴いてみないとわかりません。もちろんenokidaさんならではの偉業だとは思うのですが、ビュルガーの楽器も素晴らしいですね。さすがはベームの弟子というべきでしょうか。

enokida:
ベーム自身の円錐管ベームもイギリスにいたときに吹いたことがあるのですが、やはり素晴らしい楽器でしたね。

pankomedia:
そうですね。あのベーム嫌いのロックストロでさえコシュとビュッフェによる円錐管ベームの音色が「通常の旧式フレンチフルート」よりは良いものの「ベームのモデルよりは劣る」とはっきり書いているくらいですから。

enokida:
ともかく、円錐管ベームは現在の音楽シーンにおいてリバイバルされてもいいと本気で思いますね。これはフルートを吹く人の勉強になるという意味だけでなく、純粋に音楽を聴く人たちに対しても良い事になるはずですから。

pankomedia:
たしかに、フルートの問題というだけで語るといろいろなしがらみが出てくるのかもしれませんが、聴く人あっての音楽だということを考えたときに新たな一歩を踏み出す意義を否定する人は少ないのではないでしょうか。

enokida:
繰り返しになりますが、なぜルイロットの円筒管フルートが特別なのかということを考えたときに、それは円錐管のフルートで楽に実現可能であった"ソステヌート"の表現を金属の円筒管フルートにおいても可能にしたためだと考えます。まさにその点、設計の思想からして現代の大抵のフルートとは違っているのでしょう。管体の素材やその製作法などはその思想の上に立ってからの話だと思いますね。
ルイロットのような楽器を吹いてみてうまく鳴らないとか観客に音が届かないというのであれば、わざわざメンテナンスの難しい古い楽器を使う必要などないわけですが、うまくやればより良い結果の出ることがあるのですから。

pankomedia:
今度、大フィルで円錐管ベームを吹かれるときには大いに宣伝したいものです。

enokida:
これは失敗するわけにいかない。すごいプレッシャーですね。

pankomedia:
期待しています。

enokida:
まあ、がんばりますよ。