フレンチフルートの奏法について


今回はフレンチフルートスクールの奏法についてenokidaさんにお伺いします。
話の基本はパイパーズという雑誌の331号に載せられた「ルイロットとその時代」というenokidaさんのインタビュー記事です。
(読みたい方はパイパーズ/バックナンバーより入手してください。)



pankomedia:
ルイロットについて正面から切り込んだ大変に興味深い、また色々な意味で刺激的な内容の記事でしたがまずルイロットの奏法として「唇の筋力が必要」とハッキリおっしゃっています。これは読み様によっては力を入れて唇を固くすることと受け止められかねないのですが、そこのところはどうなのでしょう。

enokida:
固くするというとのは違いますね。様々なダイナミクス、ニュアンスを含んだ表現に対応する為に唇はあくまで柔軟さを保っているべきです。上下の唇を真っすぐに合わせて、タンギングをせずに中音のHをpで出すと唇の真ん中に小さな穴が出来ますね。これが理想的なアンブシュアで、このときに唇に特別な力は入っていません。今度はこのアンブシュアを保ったまま同じHの音をロングトーンでfまで持って行ってそのまま今度はppまで、それを一息で吹きます。この時に理想のアンブシュアをキープするのに唇の筋力が必要なんです。

(愛器のルイロット4000番台でpppの実演していただく。  ffからppまで一目には変わらないアンブシュアと均一に保たれたピッチを確認。)

これをゆるいアンブシュアでやろうとするとfではピッチが高くなって反対にppでは下がってしまう。それでピッチを保とうとして大袈裟に首やあごを動かしたり、それでも間に合わないからボロが出る前に途中で音をきってしまったり。基本のアンブシュアが出来ていないのに大きなことをやろうとしてあれこれ動き回るからいちいち大袈裟になるんです。アンブシュアが出来ていれば身体の動きは最小で済むんですよ。

pankomedia:
どうしてもあれこれとやってしまう私としては耳の痛い限りです...
ところでインタビュー記事でも出て来たパンスモン(pincement=挟む)という言葉をタファネル=ゴーベールの教本で探しますと、今まさしく例を示していただいたpppの項、Exercices pour apprendre a filer les sonsという題がついていますが、その原文はこうなっています。

En consequence, lorsqu'il commence un crescendo, il couverira peu a peu -dans une tres prudente mesure -son embouchure, et la decouvrira peu a peu dans le de-crescendo. Il pourra se servir aussi du "pincement" et "relachement" des levres.

少し長い引用ですが要約しますと

クレシェンドをするときには徐々に、ごく小さな範囲で、歌口を塞いで(内に向けて)、デクレシェンドの際にはこれも徐々に歌口を開ける(外に向ける)。これらは唇を”挟む”ことと”緩める”ことによっても得られる。

...という内容になります。enokidaさんのおっしゃる唇の筋力というのはこの”挟む”と”緩める”の両方を実現する為のものということでしょうか。

enokida:
正にその通りです。ピアノやバイオリンを弾くにもダイナミクスをコントロールする筋力は必要で、それが無くて当てずっぽうに強弱の音を振り回すというだけでは芸術の表現などできるわけがありません。朧げに弱く吹いたからといって、それがそのままpの表現になるというわけにはいかないんです。バレエなんかはそれが形として見えていますね。完全なる静けさの中、一本の足でつま先立ちをする白鳥。これがppの表現の具現化された状態だと思います。弱い筋力で出来るわけが無い。それは白鳥の踊りから最高潮の跳躍までを一つの肉体で可能にする柔軟な筋力です。最近は現代舞踊だかなんだか知りませんがあまり身体の引き締まっていない人がくねくねしたり腕を振り回してこれが芸術だとかいってるのがありますが、唇が緩いままで吹いてる人の音楽を聴くとなんだかそういうイメージと重なるんですね。人の趣味趣向や好き嫌いはともかくとして、すぐれた芸術にはその表現の核となる部分に引き締まったものが常に存在すると思います。筋力といっても、芸術におけるそれはただ強く押すといっただけのものではないということは言うまでもありません。

pankomedia:
なるほど。フルートのことばかりを考えていると分かりづらいことでも、芸術の他の表現に置き換えると分かりやすいと思います。ただ、それが話として分かったとしても実際にそれが出来るかとなるとまた別ですね。

enokida:
それはそうですよ。評論家と演奏家の違いはその点において明らかです。しかし、楽器を多少演奏出来るからといって安穏としてもいられません。私にしても現在の考えに辿り着くまでにはやはりオーケストラでの経験というのが不可欠でした。あの巨大なアンサンブルの中でいかにピッチを正しく保ちながら美しく自在な表現を可能にするかということが課題となったときに、あらためてタファネル=ゴーベールを読むとその理解の度合いがそれまでのものとはまるで違ったわけです。教則本に載っているフルート演奏の基礎くらいにとらえていた内容が実戦における本物の知識として頭に入ってきたのですから。これはソロばかりをやっているとなかなか分からなかったことでしょうから私は好運であったのかも知れません。

pankomedia:
その実戦における知識のいくらかでも知ることが出来ればと思ってこうしてお話をお伺いしているわけですが、とりあえず今回の趣旨である、パイパーズ記事の補足はできたように思いますのでこの続きはまた次回ということで。それにしても、ここまでお話しいただいたことはなかなか他ではきけないようなことだと思います。

enokida:
演奏法を言葉で言い表すのはなかなかに難しいですが、少しは掴んでいただけると嬉しいですよ。それではまた今度ということで。

pankomedia:
本当にありがとうございました。